目黒区のリサイクル事業の誕生について

11月21日に開催されました
めぐろ環境マネジメントシステム研究会
「環境知識普及講座」に参加してきました。


私が参加したのは第2部です。


『目黒区のリサイクル事業の誕生について』というテーマで、
目黒区役所内で清掃の現場の第一線に40年ほど携わってらっしゃた
白鳥千恵子氏の貴重なお話を聞いてきました。

白鳥千恵子氏


ごみ分別やリサイクルで最先端を行くとも言われる目黒区が
これまでにどのような歴史を辿ってきたのかなど、
現場の人でしかわからない貴重な話が満載でした。


歴史年表の一部を抜粋しますと以下のようになります。

昭和46年9月 東京都知事「ごみ戦争宣言」
昭和46年9月 江東区「ゴミ投棄反対に関する公開質問状」
昭和56年11月東京都「目黒清掃工場基本計画」決定
昭和58年11月目黒区議会への上記計画の撤回に関する陳情提出
昭和61年11月目黒区リサイクル事業懇話会設置
昭和62年11月上記懇話会から
「目黒区におけるリサイクル事業の基本的なあり方」提言
昭和63年5月 目黒区リサイクル事業推進協議会設置
昭和63年10月目黒区びん・アルミ缶分別収集モデル事業開始


目黒区がリサイクル先進区として全国的に一躍有名となったのは、
昭和63年(1988年)10月に行った
「目黒区びん・アルミ缶分別収集モデル事業」だそうです。

区役所(区長)のみならず、ごみ回収業者や地域町会などが
お互いに協力することではじめて実現できたという、
相当な苦労があった取り組みだったそうです。

それがどれくらい斬新なことかというと、
モデル町内の単なるごみ集積場に
マスコミが10数社訪れるほどだったそうです。


ゴミは埋めるものという意識が当然だった時代に、
一般家庭にゴミの分別の意識を持たせ、
生産企業にも企業責任の意識を持たせる。


失敗した区もあるという前例の中、
目黒区がどうやってそれを成功させることができたのか。

また、その成功事例が今の世の中の動きや
今の目黒区の活動にどうつながっているのか。


あまり表では語られない話が満載の
非常にためになる90分でした。


公式HP:
 めぐろ環境マネージメントシステム研究会

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プロフィール
  • 名前:
    SHOU
  • 生年月日:
    1981年2月10日
  • 住所:
    東京都目黒区
  • 会社[役職]:
    Wiz-U Business Solution
    (ウィズユービジネスソリューション)[代表]
  • 所属[役割]:
    • 目黒区経営者交流会
       五稜会[広報役員]
    • 東商地域経済活性化事業
       [実行委員]
    • 東商環境委員会 [委員]
    • 目黒区商工祭り[実行委員]
    • めぐろ観光街づくり推進協会
       準備委員会[委員]
  • 経歴:

    関西の国立大学にて
    遺伝学を研究後、
    東京の上場IT企業へ就職。

    会社員として働く中で、
    SEとして数々のプロジェクトを
    成功に導く。

    就職より2年半後、
    独立を目指し会社を退職。

    現在は、個人として、
    WEB制作、システム開発、
    IT系コンサルティングといった方面で事業を行っている。

    あと、本業と同等以上に
    地域活性化や環境保護の
    活動には熱を注いでいる。