連続的選択
最近、とあることで頭が哲学寄りです。
私は精神論を聞くのは好きではないので、
そんな自分が精神論を語るのもどうかなとは思いましたが、
もしかするとブログを読んだ方の気付きにもなるかと思いましたので、
今日はそんな内容の記事を書いてみようと思います。
人生は選択の連続です。
・朝は何時に起きよう。
・朝ご飯は何食べよう。
・今日はどんな服にしよう。
・午前中には何をしよう。
・誰に連絡を取ろう。
人はその選択ひとつひとつを、
自分で判断して生きています。
また、自分の身の回りに発生する事象の数や
それが発生する頻度というのは、
自分の活動した量や人付き合いの量に比例します。
そして、それに対する選択肢というのは、
その人の持つ経験や情報、能力、年齢、性別、経済力、
その他タイミングによっても異なってきます。
さて、身の回りに起こる事象が増えすぎて自分の許容量を超えたとき、
または、事象が重なって調整が効かないときなど、
人は取捨選択をしなければいけません。
「それは行うが、これは行わない」 という選択です。
私は忙しくなったときこそ、
この選択をしっかりと落ち着いて考えて行うようにしています。
判断基準は以下のような組み合わせで行います。
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・今の
・明日の
・来週の
・来月の
・来年の
・3年後の
・自分のために
・友人のために
・家族のために
・地域のために
・地球のために
・最低限
・適度に
・頑張って
・食事を削って
・睡眠を削って
・命を削って
・人生を懸けて
・命を懸けて
・やらなければいけないこと
・やっておいたほうがいいこと
・やってみたいこと
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これらを紙などにすべて書き出し、
熟慮して優先順位を付けることにしています。
そうすると、
何故これを選んだのかということがはっきりして、
迷いもほとんどなくなるからです。
さて、ここからはまとめに入ります。
一見断片的にみえる事象も、
必ず連続的に繋がって発生しています。
「あの時あれがあったから、今これがある」 といった具合です。
一つの選択は
必ず次へと(次の選択肢へと)つながっているのです。
また、これを逆の発想でいくと、
選ばれなかった選択肢の未来は発生しない
ということでもありますね。
ですので、
「あの時あの選択をしていれば、今はこうなっていたかもしれない」
というように、
過ぎてしまったことを考えても(選択されなかった未来を想像しても)
あまり生産性はありません。
だからこそ、物事は選択する前によく考え、
その選択の結果を決して後悔をしないこと、
そして自分の選択に対して責任を持つことが大事だと私は思います。



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