映画BABEL-バベル(ネタ伏せ)
昨日は新宿の映画館にて
BABEL(バベル)を鑑賞してきた。
私は事前に話のあらすじを入手せずに
映画を見ることが多い。
そのため、毎回、
その作品が伝えようとしていることは何かを
つかみ取ろうと意識しながら見ている。
このBABELという作品。
国境という隔たり
言葉という隔たり
政治という縛り
法律という縛り
日常に対して、
目の前の出来事に対して、
何一つ思い通りにならない
歯がゆさというか、憤りというか、
不自由さ、無力さに苦しむそれぞれの人間の姿・心を、
時間と空間を交叉させながら描いている。
そう、キーワードは人間。
人 人 人 人 人 ・・・
人と人の間には隔たりというものがあって、
考えを自分に一致させたり、
心をすべて通わせることはできない。
だけど、その一方、
一人の行いは皮肉にも
周りのすべてに連鎖していて繋がりあっている。
儚さ。非情さ。不条理さ。
そんなところである。
ただ、私が作品を通して一番深く感じ取ったのは、
いま挙げた中のどれでもない。
BABELという作品を観て、
BABELという言葉に意味をつけるとしたら
きっとこうするだろう。
BABELとは
『人間の愚かさ』の象徴であると。
ちなみに、私は昨晩、
忘れていたはずの幼き日の思い出が、
夢の中で一挙にフラッシュバックされた。
おそらく昨日観た映画「バベル」に加え、
一昨日に読んだ漫画「ドラゴンヘッド」が
かなり影響したんだと思うのだけれど。




精神に重くのしかかる感じがしますね。
自分はかなり深刻に影響を受けそうなので、そういうのは苦手としてます。
でも、現実でそのようなシチュエーションはよくあるので、器を大きくするにはもってこいの材料だと思ってマス(^∀^)
>っしさん
コメントありがとうございます。
確かに現実でも
思い通りにことが進まないとか、
伝えたい気持ちが伝わらないといったことは
頻繁に起こりますよね(;^ω^A
自分の器とは
背負える責任の量だと思いますので、
私も日々、器を大きくしていきたいです(*'-')v
それでは、また気軽にコメント下さい!