男たちのヤマトと女たちの○○○

本日は、
「男たちのヤマト/YAMATO」
家のDVDで晩にじっくりと鑑賞しました。

男たちのヤマト

そう。

本日2006年8月15日は
戦後61周年の「終戦記念日」なのです。

今日のブログでは、
この映画全体を通して

 「感じたこと」
 「思ったこと」
 「考えたこと」
 「学んだこと」

を率直に書いていきたいと思います。

まずは、
戦闘に関係ないところで学んだことを、
映画を観て気付いた順に紹介します。


 ・キビキビと行動すること
 ・計画をきっちりと立てること
 ・規律正しく生活すること
 ・組織のあり方をはっきりさせること
 ・役割分担をしっかり決めること
 ・指示系統をはっきりさせること
 ・情報伝達経路を円滑に保つこと
 ・腹をくくること(決断すること)
 ・守るべき者を守るために戦うこと


細かい説明はいたしませんが、
私の視点からは、
こういったことを学ぶことができました。

男たちのヤマト(家族)

次に、
映画のストーリーに触れての
いろいろな感想です。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
これより後の文章は、
映画の内容の「ネタバレ」を含みますので、
まだ映画をご覧になられていない方は、
映画鑑賞後にお読みください。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

この映画は、
「男たちのヤマト」視覚的(目)に訴えられる中で、
「女たちのハート」感覚的(心)に伝えられます。


戦時中の場面で登場する主な女性は、

 一少年の母親
 一少年の友人
 一青年の恋人
 一父親の嫁さん

です。


その女性たちの、
男性に対して思いを発したときの言葉は、

「死んだらいかん!生きて帰りなさい!」
「死んだらいやや!」
「帰ったら結婚して!」
「あんた~!」

といったものです。

男たちのヤマト(別れ) 男たちのヤマト(婚約者)

別れ際に出る「短い台詞」には、
心からの思いがものすごく凝縮されています。


ですので、
そのどれもがジーンとくる場面でした。

そして、
もちろん男たちの台詞の中にも名言はあります。


森脇二等兵曹

「生き残る者がおらんでは、死んでいく意味がなかろう。」

臼淵大佐

「敗れて目覚める。
 それ以外にどうして日本は救われるか。
 いま目覚めずしていつ救われるか。」

男たちのヤマト(生と死)

これらの言葉から、
真剣に考えなければいけないことは、


 日本を新しく生まれ変わらせるために、
 自らの命をかけて、そして死んでいった
 若者たちの意味


 戦時を生き抜いて、生き残った者の使命


 戦後に生まれてきた者がすべきこと

です。

映画のラスト、
大和沈没地点に到着した「明日香丸」に乗っていた
戦後を生きる人たちそれぞれの思い。

男たちのヤマト(明日香丸の3人)

ヤマトの生存者の一人である神尾さんは、
戦後60年経ってから、内田さんの娘さんより
「生き残ったことの意味」を学び、
深く涙します。


それを見ていた現代の15歳の少年…

バイクがほしいためにバイトをしていた少年…


おじいさんの涙を見て何かを学びます。

そして、その少年を見ていた25歳の私…

物のあふれる世の中に生きる私…

敗戦の歴史さえよく知らずに生きる私…


少年が自ら舵をとる姿を見て、
歴史の延長上に生まれてきたことの
本当の意味を学びます。

この思いが
ブログを読んでくれたみなさんにも、
少しでも伝わればと思います。


以下、興味を持って調べた歴史情報です。

=============================================
参考資料
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Wikipedia
 大和(戦艦)

Wikipedia
 菊水作戦

=============================================
歴史年表(抜粋)
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[昭和19年(1944年)2月]
海軍特別年少兵が大和に乗り組む

[昭和19年(1944年)6月]
マリアナ沖海戦による、アメリカ海軍との空母機動部隊同士の航空決戦
後絶対国防圏の要ともいうべきサイパンを失い日本の敗戦が決定的となる

[昭和19年(1944年)10月]
レイテ沖海戦(フィリピン・レイテ島沖)による、アメリカ海軍との戦闘
連合艦隊は事実上壊滅する

[昭和20年(1945年)4月1日]
第二艦隊(7,000余名)が沖縄に向けて出発する
大和乗組員3,300余名

[昭和20年(1945年)4月7日]
戦艦大和沈没
九州坊ノ岬沖90海里の地点
(北緯30度22分 東経128度4分)
大和乗組員2,498名戦死

=============================================
菊水作戦(天一号作戦)時の艦隊
------------------------------------------------------------------------------
[艦隊編成]

第二艦隊(旗艦 大和)
├──戦艦   大和(沈没)
├──重巡洋艦 なし
└艦第二水雷戦隊(旗艦 矢矧)
 ├─軽巡洋艦 矢矧(沈没)
 ├第十七駆逐隊
 │├駆逐艦  磯風(処分)
 ││駆逐艦  浜風(沈没)
 │└駆逐艦  雪風(帰投)
 ├第二十一駆逐隊
 │├駆逐艦  朝霜(離脱→沈没)
 ││駆逐艦  初霜(帰投)
 │└駆逐艦  霞 (処分)
 └第四十一駆逐隊
  ├駆逐艦  冬月(帰投)
  └駆逐艦  涼月(帰投)

------------------------------------------------------------------------------
[戦闘記録]

4月7日
12:35 対空戦闘開始
12:47 「浜風」沈没
14:05 「矢矧」沈没
14:20 「大和」で総員最上甲板が発令
14:23 「大和」沈没
14:25 米軍の攻撃が終了
16:39 作戦中止が下令
16:57 「霞」処分
22:40 「磯風」処分

4月8日
??:?? 「雪風」「初霜」「冬月」「涼月」が帰投

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以下、この映画の諸情報です。

=============================================
公式ホームページ
------------------------------------------------------------------------------
男たちのヤマト

=============================================
キャスト(出演者)
------------------------------------------------------------------------------
[戦時の人々]

[役職]:第二艦隊 司令長官
[名前]:伊藤整一(渡哲也)
[備考]:

[役職]:大和 第五代目艦長
[名前]:有賀幸作(奥田瑛二)
[備考]:

[役職]:大尉
[名前]:臼淵磐(長嶋一茂)
[備考]:死ニ方用意

[役職]:第五分隊 高角砲第二班 水平長
[名前]:玉木(平山広行)
[備考]:常田の兄

[役職]:第五分隊 高角砲第二班(海軍特別少年兵)
[名前]:西哲也(内野謙太)
[備考]:

[役職]:第七分隊 四番機銃座第四班 機銃射手 二等兵曹
[名前]:内田守(中村獅童)
[備考]:

[役職]:第七分隊 四番機銃座第四班 給弾手(海軍特別少年兵)
[名前]:神尾克己(松山ケンイチ) 15歳
[備考]:

[役職]:第七分隊 露天甲板機銃座 露天甲板機銃射手 二等兵曹
[名前]:唐木正雄(山田純大)
[備考]:

[役職]:第二十二分隊 主計科烹炊班 班長 二等兵曹
[名前]:森脇昭八(反町隆史)
[備考]:

[役職]:第二十二分隊 主計科烹炊班(海軍特別少年兵)
[名前]:常田澄夫(崎本大海)
[備考]:玉木の弟

------------------------------------------------------------------------------
[戦後の人々]

[役職]:内田守の養女
[名前]:内田真貴子(鈴木京香)

[役職]:明日香丸船長
[名前]:神尾克己(仲代達矢) 75歳

[役職]:明日香丸船員
[名前]:前園敦(池松壮亮) 15歳

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終戦記念日とは昭和天皇が玉音放送を行った8月15日をさします。 しかし、沖縄で実際に戦争が終結したのは 9月7日に嘉手納で行われた沖縄守備軍の降伏調印によるものでした。 第二次世界大戦において、日本国内で民間人を巻き込んだものとしては 最大の地上戦でした。 い.. 続きを読む

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コメント(2)

すごい!

しっかり観た自分の記憶へのスイッチを
再び押してくれました。

ありがとう。

reikoさん、
コメントありがとうございます!

記憶は時間と共に
薄れていくものですからね。

だから、
それを何らかの形で残しておくことで、
未来の自分や、後世の人々への
メッセージ(スイッチ)となるんですよね!

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プロフィール
  • 名前:
    SHOU
  • 生年月日:
    1981年2月10日
  • 住所:
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    (ウィズユービジネスソリューション)[代表]
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    • 目黒区経営者交流会
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       [実行委員]
    • めぐろ観光まちづくり協会
       [広報委員]
    • 目黒川キャンドルナイト
       [実行委員長]
  • 経歴:

    関西の国立大学にて
    遺伝学を研究後、
    東京の上場IT企業へ就職。

    会社員として働く中で、
    SEとして数々のプロジェクトを
    成功に導く。

    就職より2年半後、
    独立を目指し会社を退職。

    現在は、個人として、
    WEB制作、システム開発、
    IT系コンサルティングといった方面で事業を行っている。

    あと、本業と同等以上に
    地域活性化や環境保護の
    活動には熱を注いでいる。